大学の教員になってから、増えて来た仕事というか役割みたいなことで「誰かこういう事のできる人いない?」「こんな事得意な人いない?」と聞かれて自分の知り得る範囲の人脈を駆使して紹介させてもらうというもの。私がオケマン専業だった時は、エキストラ探し以外はあまりなかったことだ。
立ち話レベルから、メールで聞かれたりいろいろなレベルの話がある。トロンボーン奏者探しに限らずいろんな話が来る。もちろん紹介した人全てがその探されていたポジションに決まる訳ではないし、私1人が紹介して決まるわけでもないので、その分やや幅広に範囲を設定してお伝えすることが多い。
ということについて思ったことだが、私がこれまでにいただいたお仕事は、どなたかが私のことをご存じで、依頼人の方に紹介していただいたことも過去にはあったのだろうなと。
例えばどこかのアマチュア楽団のトロンボーンパートのトレーナーを、誰かを介して私に紹介していただいた場合など。私をご存知の方はお分かりだと思うが、私は自ら売り込むというのがとても苦手なのです。ましてや下戸で飲み会参加が苦手で、人脈を積極的に広げる事は今までできなかった超苦手な事の筆頭(人脈広げなきゃとかガツガツしなければワイワイ話せる宴会自体は好きです)。今は自分の性格を理解して、無理なことは出来ないと割り切れるが、若い駆け出しの頃はどうやって仕事を得て生きていけば良いのか分からず、自分の性格がとても嫌いで仕方がなかった。
そんな私を見るに見かねて、どこかに貴重な仕事の話を紹介してくださったお方がいらっしゃったのではないかと思っている。
音楽の世界で仕事を得て生きていくのは、若いころから大変だと聞かされて来て、またそれを実感して来たが、今この歳で思うのは、やはり自分の出来ることには限りがあって、人生のポイントポイントで、どなたかのお世話になって来たのは間違いないという漠然とした想いと確信、そして感謝。
つい最近もそんな私に人を紹介してほしいと依頼の話が来て、熟慮した上で良い人が見つかり紹介できた事例があった。
ただ、私の名前を紹介された人に伝えて良いか仲介者の方に聞かれてOKしたのだが、ふと考えた時に、私は依頼人から「〇〇さんに紹介いただきました」と直接言われた事はあまりなくて、名前を出すのは、本当はどうなのか。
卒業シーズンで、卒業して社会に出ていく教え子に贈る言葉として「誠実に一生懸命仕事をやっていれば、必ずどこかで見てくれている人がいる」という経験上のことをいうのだが、その見てくれている人は、名乗らない方がいいのか、どうなのか。私にとっては、すごく感謝している方々はたくさんいらっしゃって、直接お礼を申し上げたいところではあるが。
まあ私自身は見ていることを伝えない黒子に徹した方が、ひょっとしたら良いのかなと思った次第。次からは名乗らないようにしようか。それにしても人と人を繋ぐ真ん中にいるのは、興味深く、とてもやりがいがある仕事には違いない。