録画審査の雑感

(𝕏(旧Twitter)に分割して投稿したものに加筆しました。)

コロナ禍以降、録音や映像によるオーディションやコンクールの一次審査が増えてきた。一時CDによる録音の提出を求められる事があったが、今はビデオに収録して、YouTubeに限定公開をしてもらい、映像の編集をしていないことを確認しつつ、演奏を聴かせてもらう審査となり、応募する側の負担は本当に増えてしまった。

オーケストラのオーディションの一次審査で出された一例だけど、ソロ曲(David)1楽章とボレロなどのオーケストラスタディ数曲を、多少休みを入れても良いが、画面のフレームから出ることなく無編集で収録することと条件がつくこともあり、演奏が良くて尚且つノーミスのテイクを残すのは至難の業になってしまう。

先日YouTubeで提出された映像を見て審査をする機会があった。審査側で聴いていて難しいのは、各受験者の録音環境(空間の広さや残響の多寡、マイクと楽器の位置関係など)の違いと、受験者は審査員がどんな再生の環境で聴いているか全く考慮していない、おそらくイヤフォンでバランスを取ったと思われる音と言う、難しい条件があって、聴く側としてはそのことを理解して判断しなくてはいけない。審査側の希望としては、出来ればスピーカーで聴くことを前提にバランスを取って収録して欲しいのです。

中には録音を専門にしている人に頼んで、それなりの機材を使って収録したと思われる人もいるが、見たところ少数派。お金も時間もかかることなので、なかなかそこまで投資するのは難しいのかもしれない。

録音の環境の違いで、審査には優劣をつけないと言うのが、審査する側の共通認識ではあるけど、例えば、全く同じ演奏を、贅沢な機材で適切なバランスで収録したテイクと、チープな機材で、不適切なバランスでの収録をしたテイクを、並べて聴いた場合、果たしてどうなのか。その2つのテイクが同じものと聞かされていない場合、優劣の順位はついてしまうのかもしれないと言う危惧をしている。同じ演奏が続いていれば、同じテイクと気がつくが、何十人もの演奏を審査する場に、ランダムに入っていた場合は、おそらく気が付かず、優劣は付いてしまう。

だから、録音や、映像の審査をするなら、次の段階で実演による審査をすることを前提に、ハードルをある程度低く設定する必要があるし、また映像があれば、録音の環境や同じ人かどうかなどのチェックも出来るだろう。

個人で収録する場合、マイクを遠ざけて、残響を多く入れて、演奏のミスや粗が目立たないように、またゴージャスなサウンド感にしたいと思う心理が働くと思う。マイクを離れ気味に設置して収録した場合、度が過ぎると部屋の反響音がバランスとして多く入って、意図しない固有の音程が多く響き、音程が悪く聴こえてしまう事がある。しかも、それはヘッドフォンやイヤフォンで聴くと音像が分かるので、人間の耳は音像のわかる楽器の音を聴き分けられるので、残響はそれほど気にはならない。録音した本人は意外と気が付かないのではないか。

しかし、審査の環境は、複数の審査員に公平に演奏が届くようスピーカーで再生される事が多いと思われる。スピーカーからリスニングする距離もまちまちで、全員が概ねよく聴こえるという環境で、聴くことになる。

審査の部屋の固有の響きというものもあって、その余分な響きも再生音には少なからず影響してしまう。もちろんその辺はある程度事前にテストして、チェックはするだろう。

その昔、とあるコンクールの録音審査で、今は有名なプロ奏者として頑張っている、当時学生のトロンボーン 吹きが一次落ちをした。いったい何故だ?ということで、当時参加した学生達がコンクールに提出した音源を集めて、同一のステレオ装置で再生してチェックし直したことがあった。

演奏は、とても落とされるとは思えない演奏だったのだけど、収録された音は、学内の広めのホールで、マイクの位置も結構遠い感じだった。ホールの残響が多くて、トロンボーンの演奏が音程悪く調子外れに聞こえる残響音が目立ち、また細かな音の粒も隠れがちで、これはまずいなと感じた。

一方で藝大の千住校舎にある、最近はスペシャルウィンドのCDも制作している設備を使って、音楽環境創造科の学生に頼んで、非の打ちどころのない収録音源を用意した学生もいて、結果は予選通過だった。マイクは近めで、粗が目立つというより、ニュアンスなどの情報量がとても豊富で、こんなに違うのかと絶句したものだ。

当時の審査については、もちろん反対意見を言うものではないけど、録音の審査は本当に怖いなと感じて、もし自分が審査する側に立つなら、相当の注意が必要だと感じた。

収録環境固有の、特定の音程を持つ残響は少ないバランスの方が、演奏はよりストレートに聴き手に届くはず。コンクールやオーディション用の映像を作るのは、手間がかかり本当に大変だけど、収録時には、予め少し離れた距離にスピーカーを置いてバランスの確認を、強くお勧めします。